ともちんがお腹にいた時は、ずっと働いていました。臨月までしっかり働きました! しかも、通勤時間は車で50分。距離、片道17.5km。これが良くなかったのかなぁ・・・? 仕事もハードでした。しかも、1日中、パソコンの前。ともちんは電磁波バンバン浴びてました。 すごくよくお腹を蹴っていました。もしかしたら、その頃から多動は始まっていたのかもしれませんね。

仕事をやめ、出産準備に追われていました。とにかく、時間が無い!しかも、初めての子で要領が全く分らない。
気が張り詰めの状態が続いたある日、来ました!腹痛が。朝、6時ごろ病院へ電話し、タクシーを呼んで 荷物を持ち、いざ出発!・・・でも、何かおかしい。陣痛ってしょっぱなから、立てないほど痛かったっけ? 痛みに間隔が無く、立て続けに痛いのはなぜ?
疑問が頭を渦巻く中、病院へつきました。日赤の産婦人科で診てもらっていたのですが、内診で助産婦さんが 「これは、陣痛じゃないね。先生に連絡して、薬を出してもらいましょう。」と言われ、薬をもらい、 いったん家へ帰りました。その日の夕方、どうにも痛みが増して、耐えられない。熱もみるみる上がってくる。
妹に、車で送ってもらい、そのまま入院。
次の日の朝、胎動を感じられなくなり、エコーで調べてもらったところ、すぐに帝王切開にしないとまずいと 言われ、その日の昼過ぎ、手術となりました。熱は40℃近くにもなり、手術中も寒くてたまらず、 両肩のところに2台電気ストーブ置いてもらいました。
ともちんは、お腹から出てすぐ泣いたものの、チアノーゼがひどかったらしく、青黒くて、対面させて もらえないまま、NICUへ運ばれていきました。酸素の「シュー」って音が手術室に響き渡っていました。
母子感染症による呼吸障害ということで、2週間の入院。その後は順調でした。

家に帰った頃は、とにかく良く手足が動いていました。せかせかしてるって感じでした。外斜視も頻繁に出てました。 検診で外斜視の事を聞いたのですが、「赤ちゃんは、良く目の焦点がずれるものですよ。」と言われただけでした。

6ヶ月頃から腹ばいになって手足をばたばたさせ、口を床に打ち付けて「あぅ、あぅ」と奇妙な行動をとり始めました。

この頃から、妙によく泣くようになりました。30分以上抱いていても泣く。 あの手、この手を尽くして色々やってみるが泣く。ベビーカーで外に連れ出してみても泣く。 あまりに泣き声が大きいので、近所の人が外に出てきて「ママのあやし方が悪いから泣けちゃうねー」 とひどいことを言われ、走って家に帰る…。それ程すごい泣き方でした。

はいはいは、猛スピードでした。まるで、走っているかのような音が家中響き渡っていました。

離乳食も口からだらだらこぼし、いつもエプロンがベタベタでした。ごっくんが上手に出来なかったようです。 ストローもどれだけ練習しても、1歳になる頃やっと飲めたって感じでした。

つかまり立ちはいつもつま先。かかとをつけることはありませんでした。

あと、変だと思ったのは抱っこすると反りかえって落っこちそうになること。 よそのお母さんが抱くのに悪戦苦闘しているのを見掛けたことがなく、 私が単に下手なのかと思い込んでいました。
「寝た子は重くなる」って言う意味がさっぱり分りませんでした。 寝てるほうが動かなくて楽に抱けたので逆に軽く感じました。 後ほど知りましたが、赤ちゃんは抱かれるときにちゃんとお母さんの腕に入れるよう、 体勢を変えるらしいですね。それができないと言うことは、自分がどのような体勢でいるのか 把握できていないと言うことらしいです。
つまり、ともちんは自分の体勢が今、どうなっているのか理解できていないと言うことです。

11ヶ月頃、トイレトレーニングは出来かけていました。おまるでちゃんと座ってしてました。 私が時間を見計らってさせていたっていうのもありますが…。 ただ、1歳になったら、急に嫌がるようになり、またおむつへ。(泣)

1歳を迎えたとき、同じアパートに住むともちんより1ヶ月後に生まれた女の子は、 すでに「ママ」などと意味のある喃語を喋っていました。伝い歩きも上手でした。
ともちんは「アーアー」、「キャー」(奇声)しか言わず、伝い歩きもほとんどしていませんでした。 正直、変だと思いました。が、周りは「男の子だから遅いんだよ」と言ってくれていたので、私も 「そうだよねー。男は無口なほうがかっこいい。」なんて笑い飛ばしていました。

ともちんが1歳になり、夜間の睡眠が安定したこともあり、牛乳配達を始めました。

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