1月半ばにホメオパシーと言語訓練を始めました。

又、その頃、手話サークルで紹介していただいた自閉症の娘さんを持つ方の家へお邪魔させてもらい、色々話を聞いてもらいました。
娘さんが通っていたキリスト教の幼稚園を教えてもらい、転園希望で相談に行きました。 園長先生は、優しく、色々話を聞いてくれました。園を変わるのはともちんにとって良くないと言われ、 まず、市会議員に相談し、対策を話し合い、それでだめならまたこの幼稚園に相談に来てくださいと 言ってくれました。丁寧に市会議員の電話番号まで調べてくださいました。
市会議員に連絡を取り、保育園の門の施錠が硬くて面倒くさい保護者や業者が開けっ放しにすること、そして それを見たともちんが道路へ抜け出してしまうこと。
対策として門に、もう一つ簡易の鍵をつけていただきました。匿名を希望したので、市内全部の保育園を 回ってもらいました。そして、家では「ともちんが門を出て、車にはねられたら、ママ悲しい。」と 言い続たらともちんも「もう、しない」と言ってくれました。それからは、全く出なくなりました。

年少の最後のほうになると、15人クラスが合併して、年中の30人クラスに慣れるための準備が 始まりました。この頃、ともちんはホメオパシーを始めたばかりで、奇声はなくなったのですが、人を叩いたり、 引っかいたり・・・の「他傷」の行動が出てきました。たくさんのお友達に傷をつけてしまって申し訳なく思いました。

春休み、ごしんじょうへ行くことにしました。
金曜日の深夜早朝、仕事を終わらせ、仮眠も取らずにそのまま支度をして、いざ、東京へ。 初めのうちは一泊して、土曜日に帰ることに。
土曜日帰宅してからは、隔週で手話サークルへ。めちゃめちゃハードスケジュールでした。 年中になり、また参観日がやってきました。今年は自閉症をまとめたプリントを作成し、説明させていただきました。
今年は、やけによく手を出す。毎回、傷つけてしまったお母さんに謝って回りました。でも、みんな良い人 ばかりで「大丈夫ですよ」とにっこりしてくれたり、「最近、良く喋れるようになったね」「友達と遊べるように なってきたね」など、温かい声もかけてくれます。本当、いい人ばかりでともちんは幸せだなぁ・・・と感じました。 友達もたくさんでき、良く遊びに行ったりするようになりました。

6月頃、ごしんじょうも泊まりでなく、日帰りに変更しました。ちょうどその頃、とびひができ、熱も38℃を 超えました。ホメオパシーで何とか乗り切った後気づいたのですが、ともちんが、しゃべってる…。
今までも、しゃべってはいたんですが、発音が悪く親にしか分かりませんでした。しかし、人に通じるくらいの発音でしゃべってる! 奇跡かと思いました。恐るべし、ごしんじょう。
この頃から、やっと、公文のプリントが毎日できるようになりました。1日5枚ずつ。それまで声は、掛けていたんですが、 どうにも嫌がって、できない。でも、突然「やる」と言い出したのです。この成長にもびっくり。

9月頃、体調の変化に気づき、産婦人科へ行ってみると、妊娠発覚。 それまでずっと毎週休むことなく通っていたごしんじょうでしたが、出血していたので、しばらくお休みすることに。

10月、運動会。小雨が降っていて、ともちんもいつものようにはできなかったようです。 みんなに付いて退場しなければならないのに、座ったまま、きょとんとして、みんなが居なくなってからやっと動き出しました。

その後、私の出血が増えることも無かったので、東京のごしんじょうへ。 先生が「妊婦は新幹線に乗らないように」と言われたので、自宅でごしんじょうできるようにごしんじょうを購入しました。

11月から、体操教室へ。私が昔、お世話になった笠松先生の体操クラブ。器械体操です。ともちんは楽しそうと 喜んでいますが、さて、どこまで出来るのやら…?

そして、5歳を迎えた直後の生活発表会。これは、驚きと感動でした。 ともちんはほぼ真ん中。しっかり始めから終わりまで、役を演じきりました。ただ、歌のとき、カスタネットと鈴にわかれて、 それぞれリズムに合わせて順番に鳴らすのがあったのですが、ともちん、ずーっと鈴、鳴らしっぱなし。 リズムに関してはさっぱりなんでしょうね。

そして、12月に入り、前から気になっていた舌小帯を口腔外科で見てもらうことに。「んー、これは見事にくっついてますねー。 言語訓練しても発音できないでしょう?」と言われ、その場で切ってもらいました。これは、賛否両論で、「食事が出来るなら 切る必要は無い。」と言う説と、「切って、発音が良くなったから良かった。」と言う説。私はあらゆる可能性を求め、 しゃべれないのなら、切ったほうがいいと考え、切りました。結果、発音は聞く側として、良くなったと感じました。

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